北条 政子(歴史・政治)
北条 政子(ほうじょう・まさこ) 歴史(政治) 1157年~1225年
平安末期、伊豆の韮山で勢力を誇っていた北条時政の娘に生まれました。
平治の乱で伊豆に流罪されていた源頼朝と恋に落ち、平氏の力を恐れる周囲や父親の反対を押し切って結婚。1185年、壇ノ浦の戦いで頼朝が平家を滅ぼした結果、政子は「征夷大将軍の妻」となります。頼朝の死後、出家して尼となり、幕府内の北条氏の地位向上に努めた彼女は「尼将軍」と呼ばれます。
政子は、日本の数少ない女性政治家の中で最も有名な人物ですが、あまり良い印象を持たれていないようです。幕府を守るために、実の子を犠牲にしたり、父親を失脚に追いやったりしたことが、「強いが、冷酷な女」という評価を生み出しているのでしょう。しかし、子を失うことへの嘆きをつづった史料なども残されており、むしろ情熱的な女性だったようです。
武士社会である鎌倉幕府を、女性である政子が守り続けることは容易ではなかったはずです。夫の遺志を継ぐことと、「子供や孫の成長を見守りたい」という普通の女性としての望みの間で板ばさみになりながらも、気丈に決断し続けた悲劇の人。そんな風に彼女を見ることもできるかも。
ともあれ、彼女が日本史上最大級の女傑であることは間違いなさそうです。
【関連サイト】
⇒ 歴史小説『北条政子』 永井路子 文藝春秋
⇒ ネット百科事典ウィキペディア「北条政子」
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