【方言】第14回 ちんぷりかえる
今回はかつての同僚で、東京育ちのMさんの体験談です。
Mさんはその日、会議に出席していました。議題は進み、ある部署の業務の変更について、議論が始まります。Mさんにとって直接は関係の無い議題だったので、聞く側に回っていると、磐田市出身の部長の口からこんな言葉が発せられました。
「でもそれだと、前からいるスタッフが、ちんぷりかえるかもなあ……」
ハッ? ヘッ? なに? ち、ちんぷい?
未知の言語に直面して混乱するMさんに、隣にいた同僚が追い討ちをかけます。
「そうですねえ、ちんぷりかえるかもしれないですねえ……」
あたし以外にはこの言葉分かるのか! なにその「ちんぷりかえる」って!
考え込む3人のうち、2人は同じ問題について頭をめぐらせていましたが、残る1人が激しく悩んでいたのは「ちんぷりかえる」の正体についてでした。
【ちんぷりかえる/ちんぶりかえる】[動詞(自)]
【ちんぷりかく/ちんぶりかく】[慣用句]
すねる。むくれる。ふてくされる。へそを曲げる。
《類義語》 ぶそくる
2007年6月21日、新ドラマの制作発表会見で、静岡県の誇るアイドル女優・長澤まさみ嬢がぽろりとこぼしたことから、一気に全国で有名になった方言である。妙にかわいい音の言葉でありながら、なにやらシモネタ系の語感をも併せ持つため、「あの清純派女優が、いったい何を口走ったんだ!?」と各所で話題になったようだ。
テレビで会見の模様が流されたときには「すねて」という翻訳字幕が入っていた。もはや外国語扱いだ。ただし、<お父さんとの喧嘩の末に二人ともちんぷりかえって>という文脈からすると、もう少し腹を立てているニュアンスが強い「むくれかえって」などを当てたほうが、翻訳としては適しているかもしれない。
「ちんぷりかえる」は静岡県内広域で使われる方言であるが、やはりまさみ嬢の故郷・磐田市の属する西部地区で使用頻度が高い。
上で挙げているように「ちんぷり」「ちんぶり」という「ぷ」と「ぶ」のパターンがあり、また「かえる」と「かく」のパターンがある。
「かえる」パターンは音変化して「かーる」「きゃーる」となったものがある。また、「かく」パターンには少し語感を強めた「ちんぷりこく/ちんぶりこく」という表現もあるようだ。
「かく」より「かえる」のほうが、より強い状態を表すようで、静岡方言辞典『傑作! しぞーか弁』では
「ちんぷりかーる」となると、ちょっと手がつけられないくらい、すねまくった状態だ。
とある。
「ちんぷり/ちんぶり」の語源はよくわからない。「カチンとくる」だとか「ぷりぷりする」という怒りの表現があることを考えると、擬音からの由来を持つのかもしれない。
私見だが、この方言、「ちんぷりをかく」というのが元の言葉に近い、文法的により正しい表現に思える。
「ちんぷり」が「むくれた様子」を表す名詞。「かく」は「べそをかく」「ほえづらをかく」などの「かく」で、「好ましくないものを表面に出すこと」。これで「ちんぷりをかく」の完成だ。
そして、「ちんぷりをかく」─助詞省略→「ちんぷりかく」─状態表現→「ちんぷりかいてる」─音変化→「ちんぷりかえってる」─音変化→「ちんぷりかえる」となった、というのが筆者の推論である。
これは、「ちんぷりかえる」は良く言うが、「ちんぷる」はあまり言わないことが根拠だ。
通常「~かえる」は、動詞の連用形に付いて「ひどく……する」という意味で使われる。「むくれる⇒むくれかえる」のような関係だ。
しかし、「ちんぷりかえる」は、動詞「ちんぷる」に「かえる」がついた形ではなく、「ちんぷりかえる」でワンセットになっている感が強い。故に、上で述べたように「(を)かく」という表現から、語変化を経て直接「ちんぷりかえる」が生まれた、という仮説を立てたのである。合っているかどうかはわからないので、さらっと聞き流して欲しい。
ところで、長澤まさみ嬢のおかげで一気に有名になった「ちんぷりかえる」。せっかくなので、ここは思い切って「ちんぷりかえる」を全国にデビューさせてみてはどうだろうか。こんなふうに。
磐田市新マスコット ─ ちんぷりカエル ─
常に不満を抱いて日々を暮らしている、反癒し系ストレスキャラ。自らが両生類であるという事実にも、イマイチ納得していない。気に入らないことは多いが、今現在一番腹を立てているのは、色すら塗られていないこの絵のやっつけ仕事ぶりに対してである。
いかがだろう。なかなかイケているではないか。このデザインならキャラクター商品化もバッチリだ。
ちんぷりカエルストラップ、 ぬいぐるみちんぷりカエル、ちんぷりカエルキーホルダー、木彫りのちんぷりカエル、ちんぷりカエルサブレー。
打倒・まりもっこり。打倒・ひこにゃん。「ちんぷりカエル」に夢は広がる。
<by Ko>
【関連リンク】
⇒ 長澤まさみ会見で「ちんぷりかえる」全国デビュー
⇒ 静岡方言辞典『傑作! しぞーか弁』の紹介
⇒ 静岡方言の本『しずおか方言風土記』
⇒ 静岡方言の本『読んでごろじ 静岡方言考』
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たいへん、楽しく拝見しました。
現在、大阪在住ですが、実家は静岡西部(磐田の南端)です。でも、ちんぷりかえるは、正直使っていませんでした。というより、知りませんでした。もぐりか?!
”かえる”いいですね。ぜったい、うけます。朝から楽しく笑わせてもらいました。ありがとう。
では。
投稿: tanaka | 2007年7月 5日 (木) 07時40分
ホントに朝っぱらから読んでいただいてありがとうございます。
「ちんぷりかえる」は、リサーチしたところ、認知度にばらつきがあるんですよね。静岡市出身の人で「まったく知らない」という人もいれば、富士宮人が「よく使う」と言っていたり。ただ焼津以西、つまり安倍川以西ではけっこうメジャーな言葉のようですよ。
「ちんぷりカエル」は30秒で書いたお手軽イラストですが、わりとうまく描けたと自画自賛しています。商品化したいメーカーの方、連絡お待ちしております。
投稿: Ko | 2007年7月 5日 (木) 09時50分
私は「ちんぶりかえる」ですねぇ。
投稿: azk | 2007年7月 5日 (木) 13時25分
いやぁ~、面白かったです。
自分は静岡市生まれですが、両親共西部出身なので、普通に使ってましたね。
Webのニュース上で、長澤まさみがちん発言ってあって、なんだろうって思っていたら、こういうことだったんですね。すっきりしました。
さて、あのキャラクター、あのネガティブさが、なかなかいいとは思うのですが、TNCで非公式ノベルティーとしてこっそり作ってしまうとかはどうでしょう。
投稿: km | 2007年7月 8日 (日) 14時08分
そう。キャラクターは癒し系、ゆる系ばかりではないという、現在のキャラビジネス界に一石を投じる存在になる、とデザイナーKoは自負しております。まずは非公式グッズから始めて、静岡土産「ちんぷりカエル茶」ができるまでがんばります。
投稿: Ko | 2007年7月 8日 (日) 22時02分
ストラップ欲しー(>o<)
職場でみんなとかなり笑いました。是非作ってください。
投稿: | 2007年7月12日 (木) 12時50分
お風呂が’ちんちん’わかりますか?私は浜松の出身です。名古屋で生活したときにはこの方言うけましたよ。
投稿: かずとみーのママ | 2007年7月12日 (木) 15時37分
’ちんちん’に沸く。お風呂はダチョウ倶楽部が入るのにちょうどいい温度状態になっている、ってことでよいでしょうか。
ちなみに「ちんぶりをかく」は、「おちんぶりをかく」という地方もあるそうで、そうなるとよりいっそうシモネタ感が増しますね。
投稿: Ko | 2007年7月12日 (木) 18時20分
「ちんぷりをかく」昔なつかしい言葉ですので書き込みました。
藤枝近辺では、膨れっつらをする意味でした。
北駿では、すねる、駄々をこねるという意味です。
「ちんぶり」とも云います。隣の山梨県でも使われています。以上は自著からです。
投稿: いしあたま | 2007年7月13日 (金) 19時01分
私は伊豆に住んでいますが、たまに使った覚えがあります。
東部でも知っている人は多いのでは?
投稿: ジョージ | 2007年7月14日 (土) 11時10分
私は掛川に住んでいますが、「ちんぶりかえる」は聞いた事ないですね。あと掛川って一応遠州ですが、遠州弁とも駿河弁ともつかない方言があるらしいです。掛川以外で「ずっぱ」をご存じの方はいますか?
投稿: OCR2 | 2009年2月 2日 (月) 23時26分
Ko様
初めまして、もう何年も前の記事に失礼ながらコメントさせていただきます。実は最近になって、長澤まさみさんの「ちんぷりかえる発言」 を知り、こちらのブログにたどり着きました。
私は島田市に住んでいますので、この言葉は使います。でも市外や県外出身者と仕事で過ごす時間が長いので、なんとなく静岡弁を忘れて来てしまい寂しいこの頃です。
カエルのイラストがユニークなので、しばらく待受画面にさせていただきます。ただ希望を言えば、ピョン吉のように胸に、(ちんぷり)とあると分かりやすいかなと思いました。
楽しいブログなので、またお邪魔させていただきます。
投稿: こぶら→こむら返り | 2013年5月 5日 (日) 01時26分