『タイム・リープ ~あしたはきのう~』 高畑京一郎
今回は静岡県を舞台にしたSF&青春小説、『タイム・リープ』をご紹介します。
といっても、この小説のどこを読んでも「静岡県○○市の……」とは書いてありません。そういう意味では「静岡を舞台にしてるっぽい」にとどまります。とどまりますが、原作者の高畑京一郎さんが静岡県出身。そして高校生の学園生活を描いているのですから、その背景はおのずと自分の母校となるはず。
読んでいるとこんな記述に出会います。
翔香の通う東高は、県立である。その創立は古く大正年間にまで遡る。県内有数の進学校だが、一方、スポーツでもなかなかの成果を上げていて、中でもサッカーは全国レベルの実力を誇っていた。
「翔香」というのが主人公の女の子です。全体的に県立学校のほうが進学校で、サッカーのレベルが高いのは静岡の(少なくとも一昔前の)特徴です。「東高」でサッカーが強いというと、思い浮かぶのはやっぱり藤枝東高。ちょっと渋く清水東高なんてのもありですね。
学校内の設備もかなり充実している。グラウンドも二つ、体育館も二つ、もちろんプールもあるし、弓道場や天文台もある。合宿所もあるのだ。
図書館。図書室ではない。東高では、図書館が独立して建てられているのである。OBの寄付によって、一〇年ほど前に建てられたものだ。赤煉瓦造りのなかなか洒落た造りであり、生徒たちにも評判がいい。
などの手がかりから、どの学校がモデルか探ってみるのも面白いですね。
こんなところにも静岡っぽい表現が出てきます。
翔香が二二HRの教室に駆け込んだのは、本鈴と同時だった。
高校のクラスが、2年2組ではなく、二二HRとなるのは静岡の特徴ですね。他の県でもありますが。
これは静岡だろ!という決定的な文をご紹介します。
一番早く平らげた幹代が、プラスチックのカップに入れた緑茶をくいっと飲み干した。東高では昼食時になると、熱いお茶を入れた薬缶が、給湯室から各クラスに配られることになっているのだ。
お茶を飲まぬ者、静岡の民にあらず。静岡ならではですねえ。この「お茶係」も県外にはないと知ってカルチャーショックを受けることが多い「県民のジョーシキ」です。
さて、肝心の内容ですが、カバーのあらすじを引用します。
鹿島翔香。高校2年生の平凡な少女。ある日、彼女は昨日の記憶を喪失している事に気づく。そして彼女の日記には、自分の筆跡で書かれた見覚えの無い文章があった。“あなたは今、混乱している。若松くんに相談なさい……”
若松和彦。校内でもトップクラスの秀才。半信半疑ながらも、彼は翔香に何が起こっているのか調べ始める。だが、導き出された事実は、翔香を震撼させた。“そ、んな……嘘よ……” 第1回電撃ゲーム小説大賞で金賞を受賞した高畑京一郎が組み上げる時間パズル。最後のピースが嵌るとき、運命の秒針が動き出す──。
ひとことで言うと、「タイム・トラベルもの」です。タイム・トラベルもの×青春ものということで、『時をかける少女』をほうふつとさせますね。ただ、『タイム・リープ』が面白いのは、体ごと時を越えるのではなく、体は飛ばず、意識だけが時間をぴょんぴょんとあちこちに飛びまわるところ。ばらばらになった時間のパズルを、緻密に組み上げている作者・高畑京一郎氏とその写し身であるヒーロー・若松和彦の論理性がこの本のだいご味です。
もうひとつのだいご味は、ヒロイン・翔香。男性著者が作りあげた女性であるにも関わらず、女性への幻想を排して、実際にそのへんにいそうな女子高生を描ききっていることに、高畑氏の力量を見る思いがします。
この『タイム・リープ』、ライトノベルファンの間では、「完成度高い!」と評価が高かったのですが、増刷されないままでいました。それが電子出版というメディアによって再出版され、今また評判を呼んでいます。
ちなみにこの作品、佐藤藍子さん主演で映像化されています。
映像化はものすごく難しそうなんですが、どのように表現したのか一度見てみたいですね。
伏線がどんどんつながっていく、論理的なお話が好きな人にはたまらないこの本。「ここはあれの前で、こっちが先で……?」と整理しながら読んでみてください。いつもとちょっと違った読書体験ができますよ。
(by Ko)
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